「幽霊なんているわけない!何故なら自分は見たことがないからだ!」っていう人の話を以前に書きました。
所謂『幽霊否定派』についてです。
もちろん何を信じようとそれぞれの自由です。
「個人的な思想信条の範囲に収まってる限りは」ね。
ただ、現実にはそういう考え方は弊害をもたらしています。
「幽霊なんているわけない!」って考え方の延長線上には「死んだらお終い」っ 考えが横たわっているからです。
幽霊否定派は「肉体が無くなれば人間としての存在も跡形も無く無くなってしまう」っていう唯物論に必然的に行き着きます。
唯物論的な考え方を続ければ、人は遅かれ早かれ「やり逃げ上等! ごまかし万歳!」って感じの心の在り方に傾いていくでしょう。
だって、死んだら魂も含めて自分という存在は跡形もなく消えてなるんですよ?(あくまでその人たちのアタマの中ではですが)
ここでいう『刹那的な心の在り方』というのは今時の言葉でいえば「今だけ金だけ自分だけ」って感じのメンタリティのことです。そりゃ「生きてる間にやりたい放題やればいい! 自分が消滅した後の世界のことなんて知ったことかよ!」って風にもなるでしょうよ。
唯物論に染まると、必然的にそういう『刹那的な心の在り方』になっていきます。
何より「死んだらその人の何もかもが消滅してしまう」って考え方は、結局『人命軽視』に繋がっていくでしょう。
亡骸を単なる物として扱い畏怖することなき者が、生きる者の肉体に対して物体として以上の『価値』を見出すはずもないからです。
唯物論ってのは上っ面の装いがどんなにスマートに移り変わろうと「人を物扱いし、命を著しく軽視する」思想です。
結果「心は脳の電気信号でしかない」とか言い出すのです。
今の資本主義社会にどっぷり浸かっている人々の多くは、お気軽に自覚もなく、まろやかソフトな『唯物論的な思考』に染まっています。
ハッキリ申し上げて、肉体という『物』=命とか考える時点で人を『物』扱いしてるのと同じですから。
簡単に言えば「いくら頑張って生きても、最後は死んで無になるだけ」といのが唯物論です。
それを無邪気に信じた結果、長生きだけを目標に、「出来るだけの快楽を味わいたい」という、刹那的な生き方になるのです。
世界には物質しかないという発想だと、どうしたって物事を俯瞰的に見られません。
時間的にも空間的にも狭く小さな限られた範囲でしか物事を認識できなくなります。
人間のサイズを遥かに超えた時空間や人智を超えた眼に見えない大きな存在に対する畏れがその人の中にあるかどうかは、『世界観の大きさ』に強く左右します。
畏れの無い者は己が傲慢のため、心が盲目となっていくでしょう。
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