個人的には何事にも『競争原理』と『自然淘汰』が付いて回るというダーウィンの進化論的な価値観にはずっと違和感があるのです。
実は『弱肉強食』って呼ばれるモノは、人間が勝手に決めつけた架空の法則なんじゃないでしょうか?
まぁ架空ってのが言いすぎならば、弱肉強食は世界のほんの一部の切り取られた側面を刹那的に表現した状態のことだと言い換えてもいいでしょう。
少なくとも個人的にはそう思ってます。
そもそも生き物を種という『単位』で見たら「みんながみんな、そんなにシャカリキに競争なんてしてますかねぇ?」って疑問が湧くのです。
例えばナマケモノみたいな種が現在も生息できているのは、人間が勝手に考える優勝劣敗なんて『ちっちゃな理屈』とはまた違うそれ相応の『大きな理由』があってこの地球上に存在している気がするのです。
弱肉強食・適者生存みたいなモノだけがこの世のコトワリではない『動かぬ証拠』として…
誤解のないように申し上げれば、「競争は悪だから、金輪際競争なんてするな!」みたいな極端なことが言いたいわけではありません。
否定しようと肯定しようと競争ってのは人間社会において現実として存在していますからね。
ただ、だからといって「弱い者・敗れた者は淘汰されて当たり前なんだ」てな理屈を「丸呑みして受け入れろ!」なんて話をされても困るのです。
何故そんなことを言うかというと「競争原理こそがこの世界の『絶対的な標準』だ!」って考え方が現代の人間の心に深くすりこまれているように感じるからです。
それは、現実社会だけではなく、いわゆる一つのスピリチュアル界隈にさえ多大な影響を与えているように見えます。
例えば現世は生きている人間が徳を積むためにやって来る場所だということをおっしゃる方がいらっしゃいます。
ここでいうところの徳というのは、霊格とやらを上げるためのポイントのようなモノらしいです。
会社組織における人事査定のための『実績』にも似ています。
そして、「つべこべ言わず実績を上げろ! とにかく結果を出せ!」って感じが、典型的な競争原理の考え方のように見えます。
あと、別に「カミサマだって修行する。修行した分だけカミサマ社会で偉くなったり偉くならなかったりする」みたいな考え方も結構見聞きしたことがあります。
特にキツネだの龍だののお話にそんな経緯が語られがちです。
それだって競争原理があってこそのお話でしょう。
でもね、例えば犬や猫はそこにただゴロンと寝てるだけでも尊いのです。
人だって動物なので、基本それは同じなんじゃないですかねぇ。
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