「個人的にも、社会的にも、『純度100%の完璧さ』みたいなモノをみんなが求めすぎてる」って意味でね。
だから、「昔の人はこんなお粗末クンではなかった!」とか「日本人 (或いは人間) は劣化した!」とかおっしゃって嘆かれるのでしょう。 「そんなにハードル上げてちゃ、そりゃガッカリするだろうな」と個人的に感じるのです。
人間というモノに対する期待値があまりに高すぎるんじゃないかと…
「人間に対する期待値を上げる」ってことは結局「自分に対する期待値を上げる」ってことに繋がります。
自分に対して『純度100%の完璧さ』を求め続ければ、生きづらくもなりますよねぇ。
そんな生きにくい世の中を少しでも生きやすくするには「自分にとっての生きることのハードルを下げていく方向へ考え方を持っていくこと」が肝要です。
まあ、一度上がったハードルがすぐに下がることはありませんので、地道にコツコツと認識を変えていかなきゃなりませんが…
とりあえず「高くハードに!」って設定を「ゆるくソフトに!」って変えるだけでも違うのではないでしょうか?
そうやって少しずつ自分のハードルを変える意識づけをすることが、楽に生きるための第一歩になります。
生きるということのハードルを自律的に下げて、出来るだけのほほんとした心を意識的に作りださなければ、これからの大転換期を乗り切れない気がします。
多分これから生きることのハードルは今よりずっと他律的にガンガン上げられていく時代になるでしょうから…
確かに昭和か平成のはじめくらいまでは、親とか学校とか周りが他律的に人生を決めてくれていた時代だったかもしれません。
例えば親が豆腐屋なら「お前も豆腐屋を継げ」みたいなね。
それでも社会が今よりずっとのんびりしていたので、その分全般的に生きづらさは少なかったと思います。
繰り返しになりますが、他者に対して生きることのハードルを上げれば、結局自分自身の生きることのハードルも上げることになります。
それってみんな丸ごと生きづらくさせる道ではないでしょうか?
生きることのハードルを上げることが生きやすさに繋がるのなら何の問題もありません。
でも、そうはなっていないのが現実です。
生きることのハードルには2つの道しかありません。
「自分に厳しく他人にも厳しくをひたすら貫くか」「自分にも他人にもバランスよく寛容に接するか」のどちらかです。
自他ともに厳しくした方が良いと思うのはそれが正しいと信じるからでしょう。
説明要らずで誰にでも分かりやすいやり方ですしね!
激動の時代こそ可能な限り寛容を旨とした方が楽に生きられると思います。
ただ、そのために「自覚して生きることのハードルをバランスよく下げていくこと」は想像以上に難しい作業になるでしょう。
関連記事 生きることのハードルと「明るく・軽く・バカバカしく」 - 『クリアー整体ヒーリング』です
募集中‼
orion12 | プロフィール | ブログサークル
※ お知らせ
現在ご要望があれば日曜祝日にも遠隔ヒーリングを行っております!
また時間外の施術であっても可能な限り対応させていただきますので、御希望があれば一度お問い合わせください。
営業時間 (日曜除く) :月~土 10:00~19:00
ご予約はメールにて24時間受け付けております。
当方で予定を確認の上返信申し上げますのでお待ちください。
メール:o-akio@n.vodafone.ne.jp

