『クリアー整体ヒーリング』です

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「はじめに思考ありき」のスタイルは『勘』を鈍らせます

例えば災害や事故にあったりして伸るか反るかの場面で最後に頼りになるのは自分の勘です。
生きるか死ぬかの時に知識を引っ張り出して考えに耽る余裕なんて誰にもありませんからね。
 
勘を働かせるためには経験が必要であり、経験を積み上げることで生まれる感覚が必要なのです。
それがなくっちゃ勘が働きませんので。
 
感覚が勘を生む過程で必ず「分かる」ということが起こります。
っていうか分からなければ経験値として蓄積されません。
 
経験値にならない経験は単なる記憶であり、思い出です。
その人の骨身に染みてないということです。
 
その骨身に染みるということが、『分かる』ということの本質です。
だから、『分かる』ということは必然として感覚的なのです。 
 
もっと砕いていえばそこに体感が有るかどうかが大切ってことです。
勉強でも分かった時はハッとして「あっ、そうか! なるほど!」ってなるものです。
それが分かることの印なのです。
 
人間誰しも間違うこともあるし、勘違いしてしまうこともあります。
「それがあって当然だろう」という前提に立ってるくらいでちょうどバランスが取れるんじゃないでしょうか。
 
最近はよく「自分に『ブレない軸』だの『中心』だのを持ちなさい」って方がいらっしゃいます。
でもね、そういう軸やら中心やらにもコペルニクス的な転回っていうのが容赦なく起こるかも知れません。
少なくとも起こる可能性はどんな時もゼロじゃないのです。
 
ゼロじゃないって前提で考えていかないとかえって心は迷います。
逆にいえば「100%手放しで信じ込むのは、危険だ」ってことです。
それがどんなに「自分にとって生き方の核心となるような大切な部分であったとしても」です。
 
実証性を求めるというか、簡単にいえば『バランス感覚のある疑り深さ』も必要ってことです。
もっといえば『正しい!』のブラックボックスを自分の中に可能な限り作らないようにすることです。
 
『正しい!』のブラックボックスがあるとその分勘が鈍くなります。
心の風通しが悪くなるからです。
 
世の中では「思考の『正しい!』に感覚の『違和感』が打ち消される」ってことがよくあります。
例えば幽霊をまじまじと見てしまったとしても唯物論者なら「幽霊なんているはずがないのだから見間違いに違いない!」と理屈を根拠に考えるのです。
感覚より思考を優先させた結果としてね!
 
何を信じようとそれぞれの自由ですが、もし勘を大切にしたいのなら、『思考を常に感覚の前に置いておくようなやり方』はやめたほうが無難でしょうね。
頑固は勘の大敵ですから!
 
 
『このブログを浄化します』 

 
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