私にとっては但し書きってのが重要な判断基準になります。
『タダシ書き』がつけばつくほど辻褄が合わないことでも何とな〜く辻褄が合ったような気になりがちだからです。
タダシ書きってのは往々にしてダブルスタンダードの隠れ蓑として使われます。
ここでいうダブルスタンダードというのは「同じようなことをしていても自分は何時も正しいけど相手は間違っている」という風な矛盾した考え方のことです。
このダブルスタンダードの大きな問題としてはそれにハマっている人の多くが「自分の主張がダブルスタンダードだ」とは思ってないというところです。
なぜか「自分は何時も真実の側にいる」と本気で信じているのです。
ただ、いつも正しい人間なんて一人もいません。
だから、いつか辻褄が合わなくなります。
でも、辻褄が合わなくてもなかなか気付きません。
考えることにタダシ書きが多いからです。
タダシ書きが付くことで何とな〜く辻褄が合ったような気分になれるのです。
タダシ書きについてこれまで以上のようなことを何度かこのブログでも書いてきました。
今までは主に個人を対象とした話として述べてきたつもりです。
しかし、最近の国際情勢とかを見ておりますと、公然とワールドワイドに、このタダシ書き論法が使われていてびっくりするのです。
例えば「力による現状の変更は許されない! ただし、独裁者による圧政があったので、アメリカのベネゼイラでの行いは正当化される」みたいな理屈を訳知り顔でおっしゃる方が結構いらっしゃいます。
それって個人的には、明らかにダブルスタンダードだと思います。
タダシ書きによるダブルスタンダードをいったん許してしまえば、色んなことの辻褄が次から次へと合わなくなっていくでしょう…
ていうか辻褄が合わないことを力尽くて正当化していく世の中になると思います。
反社界隈でいう「親分が白だと言ったら黒いカラスも白になるんだよ!」って世界です。
時代はこれから確実に弱肉強食の世界に突入していくでしょう。
その流れはもう止めることはできないようにお見受けします。
現実というモノは、元から理不尽で不条理に出来ています。
ここでいう「理不尽で不条理」というのは、誰にでも分かりやすく辻褄は合うようには出来ていないという意味です。
でも、それは「ダブルスタンダードOK!」っていうことではありません。
物事にむやみにタダシ書きをつけると「世の中何でもあり!」ってことになってしまいます
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