どこまで行っても不確かな状況の中で何とかかんとかバランスを取って生きていくしか道はないのです。
でも、不確かというのは同時に流動性であり、それは自由の源でもあります。 安定と自由は反比例するってことです。
或いは不安定と自由は比例するとも言えます。
なので、安定した状態を突き詰めると最終的には不自由な心が手に入ります。
別の言い方をするなら、安定した状態の作成には、意識的であれ半ば無意識であれ心の自由を削る工程が必ず入ってくるということです。
心の自由を削る工程とは、心の一部をルーティンワーク化することです。
一般にいうルーチンワークとは、決まった手順に沿って繰り返し行う「定型」の業務を意味します。
ここでいうルーティンワーク化とは自由に考える部分を少なくして、できるだけ型にハマった考え方をすることで、分かりやすく安定した『答え』を見出すことを指します。
その『答え』がどこまで妥当性があるかはまた別の話となります。
ここでいう『答え』には「なるほど!これなら納得だ!」みたいな安定性が何より優先されるからです。
不安定は不安を生み、不安は恐怖を生みます。
往々にして人はその不安と恐怖から『永遠のおさらば』をしたいと願うものです。
だから、少なからぬ人々が神さまとか真理とかの『絶対に確実で安定したモノ』を求めたがるのです。
簡単に言えば、不安定な状態の自由人より安定した立場の『心の奴隷』になろうとするのです。
一頃とにかく毎日「ついてるという言葉を繰り返し唱えなさい」ということをおっしゃる自己啓発系の方がいらっしゃいました。
「難しいことはなんにも考えずに、ハッピーな気分に浸ることだけ心がける」みたいなお話です。
これぞ安定した立場の『心の奴隷』の典型と言えるのではないでしょうか…
『ふわふわとしたファンタジー風味の多幸感』みたいなモノが、自由を手放すことで得られる安定感なんだろうと思います。
薄っぺらいけど生々しくもない『シアワセもどきの世界』がそこにあります。
『ふわふわとしたファンタジー風味の多幸感』は、酔っ払いの見ている現実感の薄い世界みたいなモノです。
「砂を噛むような鈍色の現実は何も変わらないけど、酔ってるうちはふわふわした浮ついた気分でいられる」って寸法です。
アルコールの場合はそれがクセになって日常的になるといわゆるアル中になるわけです。
そして、アル中の度合いが強くなるほど身も心もボロボロになっていきます。
心の自由を自ら捨ててかりそめの多幸感に浸ることも、多くはアル中と似たような経緯をたどる気がします。
かりそめの多幸感への依存が強くなれば、最後には心がボロボロになってまともにモノを考えられなくなるでしょう。
今のご時世、実際にそういう方々が大勢いらっしゃるようにお見受けします…
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