どこまで行っても不確かな状況の中で何とかかんとかバランスを取って生きていくしか道はないのです。
でも、不確実性というのは同時に流動性であり、それは自由の源でもあります。
安定と自由は反比例するってことです。
或いは不安定と自由は比例するとも言えます。
なので、安定した状態を突き詰めると最終的には『不自由』になります。
すべてが決められている(という設定の)世界には自由はありません。
ただ、あれこれ迷う必要がないので、不安もありません。
すべてが決められている(という設定の)世界というのは、宿命論の世界です。
例えばそれは「聖書には過去・現実・未来のすべての真実が記されている!」みたいなことを信じている世界です。
すべてはすでに決まっているので、迷うことのない安寧がそこには存在するのです。(その人の中では)
要は、心の安定をとことん突き詰めれば、精神的にナニカに負んぶに抱っこの状態を目指すことになるってことです。
精神的にナニカに負んぶに抱っこの状態を一言でいえば盲信です。
不確かな世界ではバランスを取り続ける意志を持たなければ結局のところ心は迷います。
心が迷うとはアンバランスなカタチに捻じ曲がるということを指します。
元々不確実なことを無理やり『安定』という枠に嵌め込もうとするから不自然で無理のある状態になるのです。
不安定は不安を生み、不安は恐怖を生みます。
往々にして人はその不安と恐怖から『永遠のおさらば』をしたいと願うものです。
だから、絶対に確実で安定したモノを求めたがるのです。
人は本能的に不安定な状態を避けようとして動きます。
ウソでもいいから安定を求めるのです。
意識的であろうと、半ば無意識であろうとそれは同じです。
簡単に言えば、不安定な状態の自由人より安定した立場の『心の奴隷』になろうとします。
そのためには、人間は簡単に心の眼を閉じることが出来ます。
「ウソでも良いからシアワセに浸っていたい」って気持ちは誰にでもあります。
苦しければ苦しいほどそういうウソにすがりたくなるものです。
そして、自ら「見ざる・言わざる・聞かざる」の『ファンタジー世界』に閉じこもります。
不自由な世界の中にある甘美な夢を選択するのです。
コロナ禍という社会的な不安定がもたらされて以来、上記のような『ファンタジー世界』の「中の人」と「外の人」の差異は加速度的に広がっているように感じます。
「中の人」の見ている世界と「外の人」の見ている世界はパラレルワールド並みに離れていっているように個人的には見えるのです。
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