眼に見えない世界のことはハッキリとした裏が取れません。
なので、言いたい放題になりがちです。
だから、誰かの言ってることが真っ当かどうかを判断する場合何らかの物差しが必要です。
私にとっては但し書きってのが一つのバロメーターになります。
『タダシ書き』が付けば辻褄が合わないことでも何とな〜く辻褄が合ったような気になりがちだからです。
タダシ書きってのは往々にしてダブルスタンダードの隠れ蓑として使われます。
ここでいうダブルスタンダードというのは「同じようなことをしていても自分は何時も正しいけど相手は間違っている」という風な矛盾した考え方のことです。
相対的な現実を絶対的な真実として固定化してしまうとそうなります。
現実は揺れ動いていますし、それに連れて自分という存在も常に揺れ動いているからです。
動いてるものを動かないものとして捉えれば歪みが出るのは当然です。
その歪みの一つがダブルスタンダードということです。
それどころか大半は「自分は何時も真実の側にいる」と信じています。
で、そのうち辻褄が合わなくなります。
そして、辻褄が合わなくても気付かないのです。
何故かといえば考えることにタダシ書きが多いからです。
タダシ書きが付くことで何とな〜く辻褄が合ったような気になるのです。
例えば「人外のモノに何かお願いするには代償が必要となる。ただし、神様の使いならお願いするのは無償なのだ!」みたいなことをおっしゃる方がいらっしゃいます。
「人外のモノにお願いするのは所謂悪魔の契約になるのでそれ相応のモノを持って行かれる! ただし、神さまの使いなら契約してもノーリスクハイリターンなのだ!」ってことのようです。
例えば以下のように↓
たとえば私が神獣を呼び出して、別の誰かの守護をお願いする場合、契約主は守護される人ではなく、あくまでも呼び出した私が契約主となるようです。契約と言っても代償のある契約ではないので、私が何かを失うわけではありませんが。
ハッキリ申し上げて契約に『ノーリスクハイリターン』なんてないですからね!
契約ってのはいつも『ギブアンドテイク』です。
眼に見えない世界であれ、目に見える現実の世界であれね。
もし眼に見えない存在と誰かを護る目的で契約したというなら、それ相応のモノを持っていかれる覚悟をしといた方がいいでしょう。
「契約はしても何かを失うわけではありません」とか、そこんところをあまりはき違えてると後々ヤバいんじゃないかと思いますけどねぇ…
こんな感じで↓
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