『クリアー整体ヒーリング』です

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衣食足って礼節を知る (先祖供養篇)

「お盆だのお彼岸だのという世間一般で広く行われている先祖供養の風俗習慣っていうのは 結局生きてる人間の都合によって決められてきたものだ」ってことをこれまでこのブログで書いてきました。 
別にそれが悪いっていうんじゃありません。
生きてる人間のための行事なんですから現在進行形で生きてる人間が決めればいいんじゃないでしょうか。
 
ただ、「生きてる人間の都合で宗教的な儀礼なんてものは幾らでも変わっていくんだ」ってことは頭に入れといた方がいいと思うのです。
実際時代や地域によってコロコロと変わってきてますしね。
 
祖霊信仰のようなモノが大昔からあったのは確かでしょう。
しかし、今に至るカタチでの墓参りとかお寺での法事とかの風習は、江戸時代に檀家制度が確立して以降に始められたやり方であることが分かります。
 
じゃあ、それ以前の弔いがどんな風に行われていたかというと、少なからぬ亡骸が野辺に打ち捨てられていたのです。
罪人とかの特別な場合に限らずね。
 
何故亡骸がそんな風に扱われていたかといえば、『今日生きてる人間が明日亡骸になってても全然おかしくないような時代』が長く続いたからです。
「自分が今を生き残るのにいっぱいいっぱいなのに、もの言わぬ死体の面倒など見ていられるか!」ってことです。
 
(引用はじめ)
昔の日本人は子供に無関心で冷淡でした。生活に困れば捨てたり売り飛ばしたりするのは当然の習慣でした。昭和初期の東北地方の大飢饉の際には、困窮した親が娘を売り飛ばすことが社会問題になりました。命を大事にすることと子供を大事にすることは、密接に関係しています。
(引用終わり)
 
自分の子供に対してさえ冷淡な人間が顔も見たことのない先祖を大切にするでしょうか?
普通に考えればしないと思いますよ。
 
誤解のないように申し上げれば、昔の人にとっては今よりは格段に人の命が軽いってのは当たり前だったってことです。
そういう環境の中でみんなが生きてたってことです。
善いとか悪いとかの道徳論ではなく、実感としてね。
 
だから、スピリチュアルな人とかが、「今あるような先祖供養が遥か昔から連綿と行われてきた」みたいなイメージで語られるのって大分違和感をあります。
そりゃ、昔の人にも祖霊信仰みたいなのはあったでしょう。
でも、それは多分個々の先祖を供養してどうこうなんて話ではなく、大きく一纏めにした『ご先祖様』という総体を崇めてただけなんだと思います。
 
明日をも知れぬその日暮らしの一般庶民が一人一人のご先祖を供養してまわるなんて『贅沢なこと』が出来るようになったのは、それなりに社会保障が充実して以降の時代だと考えます。
人間は衣食足って礼節を知ると申しますから。
 
飢えればお墓のお供えだって食べるし、賽銭箱から泥棒だってするのが人間ってモノです。
先祖供養にスピリチュアルな人のいうような霊的な効果があるとは思えませんが、そういう先祖供養が出来る今は、良い時代なんだろうなと改めて感じる今日この頃です。
 
 
 
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