『クリアー整体ヒーリング』です

ヒーリングにまつわる話や不思議な話など

人は主観的にモノを見る

先入観と心のバランス

人は誰しも自分の見たいように世界を見ています。 それは「全ての人には主観がある」ってことを意味します。 主観があるってことは先入観があるということでもあります。すべての主観はその人の経験値に支えられているからです。人は誰しも個人的な経験を経…

『ありのまま』という名の楽園はない

世の中には「ありのままの自分がベスト!」みたいなことをおっしゃる方々がちょくちょくいらっしゃいます。 「ありのままの自分を認めましょう! そうすれば心はまるっと解放されるのです\(^-^)/」みたいな感じでね。 でも、『ありのままの自分』の自分っ…

心の視野の狭さとダブルスタンダード

ここでいう『心の視野の狭さ』とは「自分を相対化して見られなくなった状態の事」です。 じゃあ、なぜ自分を相対化出来なくなるのかというと『自分だけを別枠にして考えるクセ』が付いてしまってるからです。 太っている人が「デザートを別枠!」とかしたが…

世間の常識とコペルニクス的転回

世間の常識ってヤツは、変わる時は簡単に変わるものです。 昔はごく普通だったことが今の感覚だと「あり得ない」なんてことは少なからずあります。例えばタバコに関してです。1980年前半くらいまでサラリーマンの多くは会社の自分のデスクで当たり前にタバコ…

想像力の大切さと『絶対的な正しさ』という迷妄

目の前に100人の人がいれば100通りの「正しい!」が存在します。 みんな自分が正しいと思っているからです。 もしその100人の中の1人が自分の「正しい!」を何処までも妥協なく押し通そうとすれば最終的に何らかのチカラを行使して相手を捩じ伏せるしかなく…

人は慣れたモノに対して「当たり前だ!」と感じやすい

例えば『現実に犯罪が多発しているのを事実として認識すること』と『現実に多発しているのだから犯罪はあって当たり前と思うこと』は全く違う話です。 実際に犯罪はあるけど、あくまでもないのが理想の姿であり、そこに向かって努力しているのが『現実』の社…

俯瞰的な視点とほっとくといくらでも育つ先入観と偏見

波動のレベルの高いモノはフワッと軽くてスカッと明るく、波動のレベルの低いモノはドヨヨ~ンと重くてジトッと暗いのです。 別の言葉で言えば波動のレベルの高いモノは穏やかで温かく、波動のレベルの低いモノは荒々しく冷たいのです。 波動のレベルが下が…

心のバランスを取ることと「所謂一つの『悟り』はない」って話

人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 簡単に…

自己洗脳するとマトモな判断ができなくなる

例えばはじめて人気のラーメン屋に連れて行かれて、美味しくないと感じたとします。 「あっ、ここのラーメンって美味しくないんだ」と自分の中にインプットされます、 大抵は美味しくない理由を深掘りして考えたりはしないでしょう。 でも、その時連れて行っ…

絶対という価値観と相対的なモノサシ

人間にとっての『善悪』というのは確かにあります。 しかし、それはどこまでいっても人間の人間による人間のための基準のひとつです。だから、善だの悪だのといったってどこかに『普遍不動のモノ』として独立して存在しているわけではありません。どこかって…

心のバランスを失うほど『頑迷固陋』になる

人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 簡単に…

いわゆる『自分軸』と偏りのある主観

人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 簡単に…

先入観と思い込み

随分むかしの話ですが、あるブログのお写真を拝見して以下のようなことを述べたことがあります↓ それはある寺院の仏像を撮影されたものなのですが、奇妙な赤っぽい色の揺らめき?みたいなモノが写真いっぱいに写っていました。 まあ、簡単にいえば炎の揺らめ…

人生における『自分の居場所』は大切です

人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということを意味します。…

「価値観あってのルールである」という話

例えば『現実に犯罪が多発しているのを事実として認識すること』と『現実に多発しているのだから犯罪はあって当たり前と思うこと』は全く違う話です。 実際に犯罪はあるけど、あくまでもないのが理想の姿であり、そこに向かって努力しているのが『現実』です…

すべての人間は『独断と偏見』に満ちている

人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 簡単に…

「現実に在ること」と「人間の本性」

例えば『現実に犯罪が多発しているのを事実として認識すること』と『現実に多発しているのだから犯罪はあって当たり前と思うこと』は全く違う話です。 実際に犯罪はあるけど、あくまでもないのが理想の姿であり、そこに向かって努力しているのが『現実』です…

人となりを知りたければその人の『周りにいる人』を見ればいい

人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが、潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 簡単…

心のバランスを取り続けることは自分の頭で考え続けること

人間は誰しも主観的な存在です。 純粋に客観的な人間など一人も存在しません。なので、大なり小なり心には偏りが存在しています。偏りのない人間など何処にもいないのです。元々偏っているんだからその偏りを小まめに修正する必要が出てきます。そうしないと…

慣れることと精神力

人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 その人…

見たいものを見たいように見ている世界と正しい!の比べっこ

古今東西全ての人間が自分の見たいものを見たいように見てきました。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが、実は潜在意識やら先入観やらによって恣意的に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。…

不安を取り除くために思考停止を続けると心のバランスが崩れる

人間は誰しも見たいように世界を見ています。 それは「全ての人には主観がある」ってことです。 「主観がある」ってことは「先入観がある」ということを意味します。人は誰しもごく個人的な経験を経て、その人独自の考え方を持つに至るからです。 なので、主…

心の慣れと認識のチカラ

人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 「その…

『ありのままの自分』というブレない答えはありません

世の中には「ありのままの自分」みたいな言葉を好んでお使いになる方々がいらっしゃいます。 「ありのままの自分を認めましょう! そうすれば心はまるっと解放されるのです\(^-^)/」みたいな感じでね。 でも、その『ありのままの自分』の自分って、一体ど…

想像力とは人間らしさを測る一つのモノサシである

このブログでは何度も想像力の大切さについて述べてきました。 「想像力こそが人間らしさの根っこにある」ということについてね! ここでいう想像力とは知らないなら知らないなりに一生懸命察したり慮ったりしようとする心の働きのことです。 逆に何でも知っ…

俯瞰的な視点と間を取ること

古今東西全ての人間が自分の見たいものを見たいように見てきました。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが、実は潜在意識やら先入観やらによって恣意的に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。…

『認識には偏りがあるということ』ととチャネリング

古今東西全ての人間が自分の見たいものを見たいように見てきました。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが、実は潜在意識やら先入観やらによって恣意的に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。…

『絶対正義』は『暴力的なモノ』である

古今東西全ての人間が自分の見たいものを見たいように見てきました。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが、実は潜在意識やら先入観やらによって恣意的に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。…

『ブレない自分』とは『心の澱み』である

人間は誰しも見たいように世界を見ています。 それは「全ての人には主観がある」ってことです。 主観があるってことは先入観があるということでもあります。すべての主観は『その人の経験値』に支えられているからです。 人は誰しも個人的な経験を経て、その…

迷信とは自らの先入観を盲信することである

例えば所謂霊的なモノに関してよく言われるセリフにこんなのがあります。 「幽霊なんて生まれてこのかた見たことも聞いたこともない。だから、そんなものを信じるわけないじゃないか!」みたいなね… 別に何を信じて何を信じないかはその人の全くの自由です。…